レビュー
国民医療費が50兆円を突破した日本。その構造的問題を、誰よりもシステム思考的に見抜き、再設計を試みたのが本書『日本医療再生計画』である。著者・堀江貴文は、IT起業家としての経験と、2016年に立ち上げた「予防医療普及協会」での活動を背景に、「医療をデータでアップデートする」構想を22の具体策として提示している。
最大のテーマは、「治療から予防へ」という発想の転換だ。著者は、今の日本の医療が「病気になってから対処する仕組み」であることを問題視し、病気を未然に防ぐ「予防医療社会」こそが持続可能な未来をつくると説く。
そのための第一歩として掲げるのが、「マイナンバー×AI」による健診データの一元化である。現状では自治体・職域・病院などにバラバラに存在するデータを統合すれば、AIによる健康リスク予測や、個人最適化された生活指導が可能になる。これは単なるデジタル化ではなく、“国家的健康インフラ”の整備と言える。
また、著者は「行動経済学」の知見を活かし、健診や禁煙などの健康行動に経済的インセンティブを付与する「健康で得をする社会」も提案する。健康行動にポイントを与えたり、保険料を割引したりする仕組みを導入すれば、個人の意識変革を自然に促せるという。
さらに本書は、医療制度の“聖域”にも容赦なく切り込む。
科学的根拠の乏しい医療行為、無駄な薬処方、高齢者偏重の予算配分――こうした非効率の積み重ねが、医療費膨張の本質的原因だと指摘する。特に「延命医療の見直し」や「75歳以上の検診の自己責任化」など、タブー視されがちな論点を明確に打ち出した点に、著者らしい現実主義が光る。
最後に堀江は、医療を「国のコスト」ではなく「未来への投資」と捉えるよう読者に促す。予防・教育・データの3本柱を整備することで、次世代が誇れる医療システムを築くことができる――本書は、そんな希望を提示する“医療の設計図”である。
要点
- 医療を「治療中心」から「予防中心」へ転換せよ
- 健診データをAIで統合・分析し、個別最適化
- 科学的根拠に基づいた医療政策へ
- 延命偏重から尊厳ある死への転換
- 健康行動に報酬を与える社会システム構築
- 医療を「未来への投資」と再定義することが鍵
読後の感想
堀江貴文というと、「過激な発言」や「既存システムへの挑発者」といったイメージが先行しがちだが、本書を読むと、その印象は良い意味で覆される。ここにあるのは、感情論ではなく、徹底したデータ主義と構造的思考だ。医療を「人間の感情が強く絡む領域」として扱うのではなく、「社会システムの最適化対象」として論じている点が非常にユニークである。
特に印象に残るのは、「健診データの一元化」と「延命医療の是非」という2つのテーマだ。前者は、IT業界出身の著者ならではのアプローチであり、国家レベルのDX(デジタルトランスフォーメーション)を医療分野に応用した提案だ。一方後者は、人間の尊厳と社会的資源配分という、極めてセンシティブな問題に踏み込んでいる。堀江は「死を避けるのではなく、選ぶ自由を持つべき」と述べており、倫理的な含意を含みつつも、極めて論理的に議論を展開している。
本書のもう一つの特徴は、単なる理念論に終わらず、実現可能なアクションプランとして描かれている点だ。
例えば、「健診を受けた人にマイナポイントを付与する」「禁煙で保険料を下げる」「学校教育に性教育と栄養教育を組み込む」など、すぐにでも制度設計できる現実的な案が多い。これは、著者が民間企業のスピード感を体感しているからこそ生まれた発想だろう。
一方で、批判的に読むべき点もある。医療現場の倫理観や地域格差、政治的障壁といった要素が、必ずしもデータや制度改革だけで解決できるわけではない。しかし、堀江の狙いは“完璧な解答”を出すことではなく、“議論の起点”を提示することにある。実際、読後には「この国の医療を、どう設計し直すべきか?」という問いが強く残る。
おすすめ
この本は、次のような読者に特におすすめできる。
- 医療制度や社会保障の未来に関心がある人
- テクノロジーによる社会課題解決に興味を持つ人
- 行動経済学・公共政策・ヘルスケアビジネスの関係者
- 「自分の健康を自分で守る」意識を高めたい一般読者
医学書というより、社会改革の提言書・未来デザインのマニフェストに近い。
「医療をアップデートせよ」というメッセージは、単なるスローガンではなく、次の時代の国家戦略を考えるための羅針盤として読むべき一冊だ。
総合評価:4.8/5.0
- 内容の革新性:★★★★★
- 実現可能性:★★★★☆
- 読みやすさ:★★★★☆
- 問題提起力:★★★★★


コメント