レビュー
『はじめる力』は、元経済産業省の官僚として行政改革やデジタル政策に携わり、現在はスタートアップ経営や社会制度設計の現場に立つ安野貴博氏による、行動と思考の指南書です。
AI、DX、生成AIなどのキーワードが飛び交う中、多くの人が「変化に置いていかれる不安」を抱えています。本書はその不安をやわらげ、「未来をつくる側」へと立ち位置を変えるための考え方を体系的にまとめた一冊です。
安野氏が強調するのは、「未来は予測するものではなく、デザインするもの」という視点です。未来をただ待つのではなく、自分の価値観を基点に“語る価値のある未来”を描き、そこに向けて小さく行動する。その行動こそが、社会を少しずつ変える原動力になるというメッセージが全編を通して貫かれています。
本書の特徴は、理想論に終始せず、実務的なステップが具体的に示されている点です。たとえば、「小さくはじめる技術」では、大きな目標を細分化し、試行錯誤を重ねるプロセスの重要性が説かれています。これはまさに、スタートアップや行政プロジェクトの現場で実践されてきた“再現性のある失敗の方法”です。
さらに、「チームとしてはじめる」章では、スピードと心理的安全性の両立、そして“わからない”中で意思決定するリーダーシップの重要性を提示します。最後の章では、個人の「はじめる力」を社会全体に拡張する「デジタル民主主義2030プロジェクト」が紹介され、行動を通じて民主主義をアップデートする構想が語られます。
単なるビジネス書を超え、「社会の設計書」としての厚みを持つ一冊です。
要点
- 未来は「予測」ではなく「デザイン」するもの。
自らの価値観で描き、語り、動くことが出発点となる。 - 行動の始まりは「小さな一歩」から。
失敗を恐れず試し、学び続けることで成功の確率を高める。 - チームの挑戦には「スピード」と「心理的安全性」が不可欠。
リーダーは“わからない”を恐れず、意思決定し続ける勇気を持つ。 - 社会全体に“はじめる文化”を広げる。
デジタル技術と共創を通じて、民主主義をアップデートする。 - AI時代の人間の役割は「未来への方向性を示すこと」。
行動で示し、周囲を巻き込む力が次世代の価値となる。
感想・考察
読み進める中で最も印象的だったのは、「なめらかに成功し、なめらかに失敗する」という言葉です。これは、失敗を排除するのではなく、学習と改善のプロセスとして統合する姿勢を象徴しています。多くの人が「はじめられない」原因は、完璧を求めすぎることにあります。本書はその心理的なハードルを見事に取り払い、「動くこと」自体を価値とみなす文化を提案しています。
また、「心理的安全性」を重視するリーダー論にも共感しました。上意下達型の組織文化が根強い日本において、“わからないことを共有できるチーム”をつくるという発想は非常に先進的です。安野氏自身が行政・官民連携・スタートアップという異なる文化圏で経験を積んできたからこそ、この視点には説得力があります。
本書の優れている点は、抽象的な理念ではなく、“行動と設計”に落とし込まれていることです。読む者に「自分にもできるかもしれない」と思わせる語り口があり、読後には自然と何かを始めたくなる。まさにタイトルどおり、“はじめる力”を実感できる構成になっています。
一方で、技術や社会構想に関する部分は少し抽象的に感じられる読者もいるかもしれません。しかし、それも著者が意図的に余白を残しているように思います。すべてを定義するのではなく、読者一人ひとりが自分の「はじめるテーマ」を見出すこと――それがこの本の真の狙いでしょう。
おすすめポイント
- ✅ 実践的思考法が詰まった「行動の教科書」
→ 抽象論に終わらず、日常や職場にすぐ応用できる。 - ✅ リーダー・チームビルディング・社会設計に通じる内容
→ 個人の成長だけでなく、組織・社会の変革にも触れる。 - ✅ 「小さくはじめる」ことの勇気をくれる言葉が多い
→ 自信がなくても、まず動いてみようという気持ちになれる。
【総合評価】⭐️⭐️⭐️⭐️☆(4.5/5)
- 実用性:★★★★★
- 読みやすさ:★★★★☆
- 革新性:★★★★☆
- モチベーション効果:★★★★★
🧩読後の一言
「未来を変えることは、特別な人にしかできない」と思い込んでいた人にこそ読んでほしい一冊。
小さな一歩を積み重ねることが、社会を動かす「はじめる力」になる。
行動の時代を生きるすべての人に贈る、静かながらも力強いメッセージの書です。


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