『すべては量子力学のせい』 (ジェレミー・ハリス 著, 広林 茂 訳)

目次

レビュー

「量子力学」は、現代物理学においてもっとも成功した理論とされる。その予測精度は驚異的であり、技術革新の根幹を支えてきた。一方で、この理論が「何を意味するのか」については、100年経っても専門家の間で見解が割れている。本書『すべては量子力学のせい』は、まさにこの「意味の空白」に挑む、哲学的かつ挑発的な科学書である。

著者ジェレミー・ハリスは、科学と哲学の境界を軽やかに行き来しながら、読者を量子力学の「異世界」へと導く。物理学における観測問題、意識と物質の関係、多世界解釈(マルチバース)、隠れた変数理論といったトピックが次々と登場し、それらが私たちの自由意志・倫理観・法律制度にまで影響を与える可能性があることを明らかにする。

驚くべきはその語り口だ。一般的な科学書とは異なり、本書は数式をほとんど用いず、ユーモアと比喩を交えてストーリーテリングのように展開する。「量子力学は正しいが意味不明」という逆説を軸に、物理学が哲学・宗教・社会思想と結びついていく様は、まるで知的冒険の旅路のようだ。

専門書ではなく「傍若無人なガイド」と銘打たれている通り、本書の真価は理論の正しさではなく、それが私たちの世界観にどう揺さぶりをかけるかにある。量子力学を“学ぶ”本ではなく、“考え直す”ための本である。

要点

  • 量子力学は正しいが「何を意味するか」が未解決。
  • 観測によって現実が決定される「観測問題」が論争の火種。
  • 意識が物理法則に影響を及ぼすとする説が複数存在。
  • 並行宇宙(マルチバース)や、意識による宇宙創造という極端な解釈も議論対象。
  • デコヒーレンスなど「意識不要」派も存在。
  • 法律や社会制度も量子論的世界観に影響され得る。
  • 科学は中立ではなく、思想や政治に左右される場合もある。
  • 読者に量子力学の“哲学的意味”を考えるきっかけを提供する。

感想~量子力学が哲学・倫理・AIまでを覆すとき

本書を読み終えたとき、最も印象に残ったのは「物理学は単なる自然法則の記述にとどまらず、我々の思想そのものを変容させる力を持つ」という視点だった。たとえば、「意識が現実を収束させる」とする解釈が正しければ、我々の自由意志は幻想ではなく宇宙の構成要素となる。一方、エヴェレットの多世界解釈では「すべての選択肢が現実化する」ため、意思決定はむしろ“分岐の選択”であるに過ぎない。これは倫理や責任といった概念を根底から揺るがす可能性を秘めている。

また、著者はボームのパイロット波理論や隠れた変数の議論を通じて、「科学もまたイデオロギーに左右される」ことを強調する。一見中立的な自然科学が、実は政治的・哲学的判断によって支持されたり排除されたりすることは、現代のAI倫理議論やパンデミック下での科学不信などとも重なる。まさに「今日の物理学は明日のイデオロギーになる」という著者の言葉が、痛烈に響く。

読書中に何度も「これは宗教か?哲学か?それとも科学か?」という疑問が浮かんだ。だが、その問いこそが本書の意図なのだろう。知識を得るための読書というより、世界の見方を問い直すための一冊。物理学を愛する人も、哲学に魅了される人も、そして社会の根本に関心のある人にとっても、得るものは大きい。

おすすめポイント

項目内容読みやすさ数式なし、会話調で読みやすいが、内容は深い対象読者科学に興味のある一般読者、哲学・倫理に関心がある人実用性実用書ではないが、思考のフレームを広げてくれる特に刺さる人AI・意識・自由意志・多世界・社会制度に関心のある人類書との違い『ホーキングの宇宙』『世界の終わりと始まり』(ショーン・キャロル)より思想的で挑発的

評価

内容の独自性★★★★★(5)
読みやすさ★★★★☆(4)
思想的深さ★★★★★(5)
実用性・再現性★★☆☆☆(2)

総合評価★★★★★(4.5)

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

私は、経営コンサルタントとして、ビジネスの実践現場で活動しています。現場で「使える知識」として再構成し、“読む → 学ぶ → 行動する” までのビジネスプロセスをサポートしています。

このブログでは、そのようなコンサルティングの経験を通じて、役に立ったビジネス書を紹介します。おすすめ書籍の要約や感想だけでなく、実際に成果につながるエッセンス・行動アイデア・思考法を解説します。「この一冊を読んでどう変わるか?」にこだわったレビューを発信しています。

コメント

コメントする

目次