レビュー
現代社会において、私たちは複雑化した問題に日々直面しています。気候変動、経済不安、組織の硬直化、教育制度の限界…。こうした問題に共通するのは、「一時的な対応では解決できない構造的課題」であることです。本書『世界はシステムで動く』は、そうした複雑な課題に対処するための「システム思考」という視点を提供する実践的な入門書です。
著者は、1972年に発表されたベストセラー『成長の限界』の主執筆者でもあるドネラ・H・メドウズ。科学者としての視点とジャーナリストとしての表現力を併せ持ち、難解になりがちな内容を平易な言葉で伝えることに長けた人物です。
本書ではまず、システムの基本構造(要素・つながり・目的)と、システムが時間とともに変化していくメカニズム(ストックとフロー)を解説します。さらに、システムに内在する「バランス型」や「強化型」のフィードバック・ループ、タイムラグがもたらす非直感的な動きなど、私たちが陥りやすい思考の落とし穴が浮き彫りにされます。
特に注目すべきは、私たちが直面する社会課題や組織問題の背後には、必ず“構造的なつながり”があるという洞察です。目の前の現象(出来事)ばかりを追いかけるのではなく、それを生み出している「構造」や「価値観」に目を向けることで、より本質的で持続的な解決策が見えてくるのです。
最終章では、こうした視点をもとに、個人がシステムとどのように向き合うべきか、どのように世界に働きかけるかという“倫理的な実践”が語られます。システムを「制御すべきもの」と捉えるのではなく、「共に生きるもの」として理解する姿勢が求められているのです。
要点リスト
- システム思考とは:物事を「構造」と「つながり」で捉える視点
- システムの構成要素:要素・つながり・目的
- ストックとフロー:蓄積と変化のダイナミクス
- フィードバック・ループ:システムの挙動を調整する仕組み
- 遅延と非直感性:表面的な現象に惑わされない洞察
- 典型的なシステムの罠:「共有地の悲劇」「責任転嫁」など
- レバレッジポイント:効果的な介入点はメンタルモデルの変更
- 持続可能な変化には、価値観と目的の見直しが不可欠
- システムと共に生きる:コントロールではなく、働きかけ
- 氷山モデル:出来事の背後にある構造と前提を見抜く力
感想
一読してまず感じるのは、「これは思考のOSを書き換える本だ」ということです。私たちが日頃用いている問題解決のフレームワークは、多くが“線形的”かつ“即時的”なものです。例えば「原因→結果」「問題→対策」といった単純な因果関係。しかし現実の世界では、複数の要素が絡み合い、時間差で影響し合う“非線形”なダイナミクスが支配しています。これを理解するには、まさに本書で提示される「システム思考」のレンズが不可欠です。
本書の秀逸な点は、抽象的な理論にとどまらず、身近な例(風呂の湯加減、在庫管理、環境問題など)を通して、システムの動きや罠を実感として捉えられるように構成されていることです。「共有地の悲劇」「自己強化ループ」「バランス型ループ」などは、経済、政治、企業、個人の意思決定において頻繁に目にする構造であり、「ああ、あの現象もそうだったのか」と腑に落ちる瞬間が多々あります。
また、特に印象的だったのは、最も強力な介入点(レバレッジポイント)は、「構造」ではなく「価値観」や「目的」である、という指摘です。システムの動きを変えるには、外から強制するのではなく、システムの“内側”にある信念や前提を問い直す必要がある――これは、組織改革や教育、社会運動において極めて重要な示唆です。
翻訳については、一部専門用語が堅めに訳されており、読解に時間がかかる箇所もありますが、内容の重要性と示唆に富んだ事例がそれを上回るリターンをもたらしてくれます。ビジネス書や経営書というよりは、思考を鍛える“教養書”として位置づけるべき一冊です。
こんな人におすすめ
- 複雑な社会問題や組織課題に取り組むリーダー・マネージャー
- 教育・行政・NPOなど、構造的な変革を求められる仕事に関わる人
- SDGs・サステナビリティ・環境問題に関心がある人
- 思考の幅を広げたい学生・研究者・社会人
総合評価(5段階)
項目評価内容の深さ★★★★★
わかりやすさ★★★★☆(一部訳が難)
実用性★★★★★
読後の満足度★★★★★
総合おすすめ度★★★★★
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