【管理会計 初級編 その8】労働生産性を上げる方法

管理会計【初級】

1 設備投資しても生産性が上がらない理由

利益を求める企業であっても非営利の組織であっても、経営で最も大切なことは、それはステークホルダーにとっていいことなのか?ということを考えて判断することです。
次に大事なことは、継続し続ける経営です。

ビジネスを続けるためにはお金が回っていなければなりません。赤字では事業を維持するための固定費すら賄えません。限界利益(=売り上げー変動費)以上の固定費がかかっているとすれば、その事業は止めた方が良いでしょう。これが利益の本質です。利益は存続のための条件とも言えます。営利か非営利かは関係ありません。

事業を存続させ、組織の能力を維持するには日頃の蓄えが必要で、その前提が黒字決算なのです。黒字決算にするためには、労働生産性を高め収入を増やし、変動費と固定費を減らす必要があります。

収入を増やすとは、客数を増やすことです。

変動費を減らすとは、原価意識を持って無駄使いをなくすことです。

固定費を減らすとは、不採算部門をなくすことです。

そこで、今回は特に固定費を減らし労働生産性を高めることについて、深堀したいと思います。
生産性を上げるために設備を導入しても、生産性がなかなか上がらずに、設備投資したことを後悔してしまう経営者からよく相談を受けることがあります。設備を新しく導入して生産性が上がらないと、設備の固定費が増えただけで利益は減ってしまいます。

設備を導入しても、人件費は増え、生産性が悪くなるのは、その設備には知識労働が必要だからです。知識労働とは、知識や経験に基づいた判断が必要な労働です。例えば、病院がMRIやCTなどの工学医療機器を導入しても、その分、技師を雇わなければなりません。またCADなどを導入した設計会社もCADオペレーターを雇わなければCADは動きません。このように設備の扱いにプロフェッショナルなスキルを持った人材を必要とする場合がこれに当たります。

一方、設備を入れて生産性が上がる場合は、その設備がダイレクトに肉体労働を軽減するからです。マニュアル化できるのが肉体労働です。例えば、荷物を運ぶのが楽になるパワースーツや運転が比較的にすぐにできる刈り取り機などがこれに当たります。つまり、肉体労働は、働く時間と比例して成果も上がるタイプの労働です。

しかし、知識労働は違います。いくら労働時間を増やしても生産性は向上しないし、付加価値も上がらないどころか、作業量だけが増え、無駄な作業も増える可能性もあります。

2 付加価値生産性を上げる方法

人件費をさげても業績は悪化
人が減った分、一人当たりの仕事量は増えて残業が増えた
さらに人を減らしたことで残業が増えクレームも増えた

これが生産性を下がる悪いビジネスサイクルです。これを回避するためには、知識労働者の生産性を高めなければなりません。では知識労働者の生産性を向上させるためにどうすればいいのでしょうか。

そのためには、イノベーションによって業務活動で価値を作り上げることが必要です。これを管理会計では「付加価値生産性」と呼びます。付加価値生産性を高めれば同じ経営資源でより多くの付加価値を創り出すことができます。付加価値が大きくても赤字になるのであれば、それは労働生産性が低いからです。例えば、付加価値が大きいけれど生産性が低いのが病院などの非営利団体です。

ではどうやって付加価値を計算するのでしょうか。付加価値を計算するには2通りの方法があります。

売り上げから変動費を引いて、付加価値を一気に求める方法
固定費と利益を足して付加価値を計算する方法

限界利益(売り上げ高-変動費)は組織が生み出した付加価値そのものです。もし稼ぎだした付加価値のほとんどが、給料として支払われて無くなるのであれば、それは生産性のわりに人件費が高いということです。
生産性はこのように計算できます。

生産性=付加価値÷従業員数

これは従業員一人当たりの付加価値額とも言えます。もし従業員一人が500万の付加価値しか生まなければ、それ以上の給与は支払えません。

残業を減らし、リストラするのは一人当たりの生産性を高めるためですが、分母の従業員人数を減らして生産性を高めるのは限界があります。そこで、分母がこれ以上減らせないのなら、分子の付加価値額を増やすしか、生産性を上げる方法はありません。

今までのことを簡単にまとめると以下の通りです。

  • 付加価値とは売り上げから変動費を引いた値である。
  • 設備投資が生産性を高めるとは限らない。
  • 付加価値以上の固定費がかけてはならない。
  • 生産性を高めると赤字から抜け出せる。

例えば,固定費の大半をを占める人件費を、これ以上増やすのは不可能の状態の時、どんなに設備投資してもその設備に知的労働が必要であれば、労働生産性は増えません。設備投資しても労働生産性は上がらないのは、肉体労働を減らすための設備投資ではないからです。

設備投資によって生産性は逆に悪化します。設備投資で新たな人手が必要なるということは、人件費が増えるということです。これでは設備投資と人件費のダブルで費用が係り、固定は増大してしまいます。極めて知的労働かつ資本集約的、多額の設備投資を必要とする場合は、新たな人手が必要になり労働生産性が下がり赤字になってしまいます。

知識労働の生産性を上げるには、速くて正確で的確な業務遂行です。そのためには業務を専門化しなければなりません。せっかく業務になれた人材を社内政治のために人事異動するなどは愚の骨頂です。私はこうした社内政治による優秀な人材の排除を今まで嫌と言うほど見てきました。

とても優秀で仕事も速く正確で、決断力も的確で、デキすぎる人材は、なぜか上司たちから煙たがられます。その結果、暇な部署に異動させられる一方、上司に都合のいい人材が代わりに配属されると、今まで1時間で全てできていた業務は10時間もかかってしまうなどよくある話です。
経営トップはこうした愚かな人事異動は絶対にやってはいけません。

3 知的労働はコストではなく資本である

経営者は社内政治よりも、もっと大切なことがあります。それは、どうすれば今の人材を最も効率的に活用できるか、そしてステークホルダーののニーズに早く正確に的確に応えることができるかを考え、労働者の自律性と専門性を高め、生産性の向上を目指すイノベーションを起こせるか、です。

経営者は、知識労働者は組織に価値をもたらす資本財であることを理解を示しましょう。労働を量の問題としてとらえてコストだと考えると、専門以外の仕事を押し付け、この仕事はコストが高すぎると判断して解雇してしまいます。

労働には肉体と知識の二つがあります。肉体労働はマニュア化されて正確にリピートすると、量に付加価値が生まれます。しかしその付加価値率は低いため、短時間で効率よく大量の仕事を行わなければなりません。一方、知識労働はマニュアルかできない代わりに付加価値率は高いため、必要なのは仕事の量ではなく質ということになります。質が求められている労働者に、形式的な書類整理をさせたり、無意味なミーティングなどに何時間も出席させることは、客にとっては何の価値もありません。それらの作業は価値を生む作業のための時間が減り、その分、残業が増えて労働生産性が下がります。この繰り返しで人件費が肥大化するのです。

マニュアル化できるのが肉体労働、知識や経験に基づいた判断が必要なのは知識労働です。知識労働者を資本財として認識し、決してコストと思ってはいけません。知的労働を価値を生む資本財と考えましょう。優秀な知識労働者を雇うことは、価値を生み出す資本財を買うということと同じです。もちろんビジネスにはその両方(質と量)が必要です。どちらであっても専門化を徹底しましょう。そうすれば労働生産性は確実に上がります。

無駄を省き、稼働率を上げて、限界利益を上げれば、固定費は下がる。こんな改善計画を立ててもなかなか結果は出ないのはなぜでしょうか。それは客の視点を忘れ、全てが会社側のコストの都合でしかないからです。コストを下げて企業は生き延びたとしても客対応や品質そしてサービスが低下すれば、結局、客は逃げていきます。

客が集まってくる経営をするにはどうすればいいのか、それは最高のサービスを提供することに尽きます。
経営は、客が満足するかどうかが大事であって、経営者が自己満足することではありません。経営は客の視点で常に見て、客を無視した経営ではだめなのです。サービスを提供する側の論理ではなく、お金を払うか払わないかの選択権がある客の論理で考えられなければいけません。客が価値があると思うもの、必要と思うもの、求めているもの何かを考えるのが、経営者です。

ですから、経営者は客が何を望んでいるかを冷静に分析しなければなりません。客が求めている価値をいかに提供するかというイノベーションが大事です。イノベーションを生む知的労働をコストと考え、生産性が低いという理由でそこを削減しては駄目なのです。